鹿狼山から  
48 埒浜防災緑地の湿地    小幡 仁子

私が住んでいる新地町は、2011年3月の東日本大震災のおり壊滅的な被害を受けました。沿岸部は大津波により跡形も無く流されてしまいました。大勢の方が亡くなりなり、住む家も無くなり、大破したすべてのものが残骸となって目の前に広がっていました。あの時の絶望感・無力感は8年経った今でも忘れることはできません。
さて、この3月に県事業であった埒浜防災緑地の工事が終わりました。昨年、当会の第158回自然観察会では工事中ではありましたが、福島大学の黒沢先生や工事を担当した福島県相双建設事務所復旧復興部の方の説明を受ける事ができました。植生保護の観点を持って復旧・復興工事をすることはまだまだ例が少なく、この埒浜防災緑地に2haの植生保護地があるのは画期的なことだそうです。
50年前、私の記憶の中では葭と蒲(ヨシとガマ)がずっと広がる光景があります。田んぼでは収穫が終わると暗渠をしていました。浦であったこの土地の改良をしていたようです。海でも遊びましたが、海の水に入るまでに足の裏が熱くて「あちち」と言って入ったのを覚えています。そのくらい砂浜が広大でした。その頃は堤防もなくて、松林や竹藪が海岸通りの海側にずっと続いていた気がします。今ではほとんど見られない自然海岸が続いていたのだと思います。その後、浜辺の風景はどんどん変わりました。コンクリートで固められた大きな漁港、消波ブロック、高い防波堤。砂浜は無くなっていきました。浦は埋め立てられて、浦であったことさえ忘れて人々が住むようになりました。
新地発電所ができるときに、発掘調査がありました。私の家は大きな塩溜め跡に立っていたそうです。その昔は塩作りもしている土地柄でした。そういえば、父の話では祖父が自分で塩作りをしていて、山奥の実家に運んだことがあるそうです。自給自足が当たり前だった頃は、塩作りも自前だったのでしょう。
本年9月8日(日)に開催される第164回自然観察会では、午前中、新地町農村生活改善センターで新地町公開講座として黒沢先生の講演を聞くことになりました。午後からは埒浜防災緑地の湿地を観察します。講演会では津波跡地の植物の変化や沿岸部開発の歴史、復興事業後の植物の変化や、その成果と課題等、貴重なお話が聞けると思います。高山の会の皆様もぜひご参加ください。
先日私は、埒浜防災緑地に行ってみました。昨年駐車した場所は立派な駐車場になっています。立派な立て看板もあり、昨年観察した自然観察池・塩性湿地予定地は「湿地」と表記されています。(写真)6月10日現在、コウキヤガラの群生地となっています。ウミミドリはありませんでした。葭や蒲はもちろんありますが、まだ主たる植物とはなっていません。
この湿地が植生保護地であることや、この地が元々は浦であった事を知るのは大切なことです。私達は自然の恵みと共に自然の脅威と隣合わせに生きています。そのことを忘れてはなりません。9月8日の観察会と講演会が楽しみ(2019/06/11 記)。

  

埒浜防災緑地公園の案内板が設置されていました

再生湿地は2か所です

湿地はコウキヤガラの群生地となっていました