鹿狼山から  
45 〜亘理地塁山地・七峰(ななうね)    小幡 仁子

私亘理地塁山地の七峰(ななうね)を初めて歩いたのは2009年12月6日のことであった。七峰(ななうね)というのは南から@鹿狼山(かろうさん)・A五社壇(ごしゃだん)・B地蔵森(じぞうもり)・C権現森(ごんげんもり:2回目に歩いたときは権現堂山という標示になっていた)・D主義山(しゅぎやま)・E音羽森(おとわもり)・F金華山(きんかざん)の7つの山々をいうのである。

さて、「地塁」というのを調べると、並行する断層によって限られ、周囲よりも相対的に隆起した地塊、とある。亘理地塁山地は福島県新地町鹿狼山から宮城県山元町・亘理町を経て、阿武隈川まで海岸沿いに一直線に続いている。標高300m前後の山々が連なっておおよそ30km程もある。
これらの山々は低山でもあり、鬱蒼とした杉林もあるので、縦走するなら落葉後の12月辺りが良い。そうすると木々の間から、東側には太平洋、西側には蔵王をちらちらと眺めながら気持ち良く歩くことができる。また、実際にはこの7つの山を一度に全部歩くのはアップダウンもあり時間がかかる。鹿狼山駐車場(あるいは大沢峠)・鈴宇峠・福田峠・小斎峠の4つの峠のどこか2カ所に車を置いて2回に分けて歩くのが良いと思う。

私が実際に歩いたのは、2回とも鈴宇峠から小斎峠の間で、鹿狼山は省いてある。それでもかれこれ6時間ほどかかった。1回目の2009年は、山頂ごとの標示板もちっぽけで、黄色の小さな手作りプレートだったが、2回目に歩いた2013年12月15日には、とても立派な標示板になっていたので驚いた。ここ数年で歩く人がずいぶん増えた様であった。そういえば、鹿狼山駐車場にも、七峰(ななうね)コースの案内が出ていた。

これらの山々は、昔は薪を取る落葉広葉樹の山で、里山として手入れされていたのであろうと思われる。
どの山の山頂にも祠があって、昔の人々が豊作や家内安全を祈ったであろう痕跡がたくさんあった。また、主義山と音羽森の間には花嫁峠という峠があって、昔はここを歩いて人が交流していたことがうかがわれた。今は、手入れされない杉の植林地が多くあり、花粉症の私としては何とかしてもらいたいが当面は無理だろう。

 ところで、私の家は新地町鹿狼山近くにある。居間の窓からは鹿狼山頂上の杉木立までよく見える。台所の小窓からは右隣の五社壇と地蔵森が見える。この3つの山は福島県新地町と宮城県丸森町の県境尾根にもなっている。けれども、地蔵森以北に続く山々は宮城県になり、自分の生活圏から離れるため、山の名前を知る機会も無かった。七峰(ななうね)を縦走してからは、地蔵森から続く北の尾根も気になっている。写真は我家の前から見る田んぼと亘理地塁山地・七峰である。間もなく収穫を迎えるこの風景は安らぎがあり美しいと思う。

 この亘理地塁山地を鹿狼山から阿武隈川まで、つまり、端から端まで歩きたいと思って、ここ数年、山仲間を呼び寄せては歩いている。午前中歩いて、お昼は荒浜ではらこ飯を食べるような計画だからなかなか進まない。今年は割山峠から槻木橋まで歩きたいと思っている。それで最後だ。東日本大震災の工事やその他の工事で大部削り取られていているようだから、途中で工事現場を渡っていく場所もあるらしい。どうなることやら。                              (2018/09/09 記

   
田んぼの向こうに亘理地塁山地・七峰(ななうね)