鹿狼山から  
32 〜どんぐり育て隊〜    小幡 仁子

東日本大震災・大津波から4年が過ぎました。新地町では高台移転や災害公営住宅の建設が順調に進んだので、8地区あった応急仮設住宅を2地区に集約することになりました。空家率が7〜8割を越えたそうです。そういえば、仮設住宅の灯りが少なくなり、駐車場に車がないように思いました。入居率が低いとコミュニティの維持が難しくなり、防犯・防火の面でも心配があるそうです。我が家の近くにある仮設住宅は残ることになりました。そこはペットを飼っても良い住宅です。津波で家を失った方々だけでなく、放射能汚染からの避難をしている方も住んでいると聞きました。やがて全員が落ち着く先が決まれば仮設住宅は解体され、更地に戻ることになります。あと1、2年はかかるのでしょうか。集団移転の造成はすでに終わり、新しい家がたくさん建ち並んでいます。テレビのニュースでは高台移転の話がまとまらず、自宅の再建ができなかったり、人口流出が多くなったりした話を聞きます。4年も過ぎてもなお、先が見えない生活をするのは大変なことでしょう。
 
 さて、2月の広報では「どんぐり育て隊」の募集がありました。新地町や周辺で拾ったコナラやクヌギ、アラカシのどんぐりを苗木に育てて、育てた苗を釣師・埒浜防災緑地に植樹しようというプロジェクトです。今月、3月15日(日)はどんぐりの植え付けをする日でした。新地町役場復興推進課前駐車場に汚れてもいい格好で集合と書かれてありました。一人あたり20ポットで1ケースを基本とし、植えたどんぐりを自宅で15ヶ月育てて、来年6月に植樹になる計画です。この日は高山の自然を守る会の第138回自然観察会の日でもありました。残念ながら「どんぐり育て隊」の活動には参加できませんでした。広報には「どんぐりを育てると言っても、芽が出なかったり、海辺の厳しい環境のため枯れてしまったりとさまざまなハードルがつきものです。育てた苗木が全部大きく育つ訳ではないですが、みんなで育てる、私たちの防災緑地として、今後も見守っていただければと思います」と書いてありました。
 
 当会でも2002〜2008年の7カ年にわたって鳩峰峠の牧草地で植林を行いました。鳩峰牧場を元のブナ林に復帰させ、福島市の水源地を守り、野生動物の生息場所や移動空間を作るのが目的でした。会報「高山」91号(2014年12月発行)にはその鳩峰牧場に植林した樹木の成長の様子が掲載されています。
 12年前、みんなでマザーツリーの周辺にあったブナの芽生えやイタヤカエデ、ミズナラなどをポットに植えて育てました。私は、面倒を見切れずに枯らしてしまったものもあったのですが、ブナとイタヤカエデを育てて植樹しました。ブナはなかなか伸びてくれなかったのですが、イタヤカエデはぐんぐん大きくなったのを覚えています。
 植林の仕事は大変でした。3、4名がひと組になり、苗・肥料とスコップを持って牧場の斜面を登り下りしました。5m間隔で植えるのですが、土が硬くてスコップで穴を掘るのが容易ではありませんでした。穴を掘る係を交代したり、男性に手伝ってもらったりしながら苗を植えたのを覚えています。
 
 昨年、第136回の自然観察会で鳩峰牧場に行きました。ミズナラの木が大きくなって、なんと、どんぐりが実っていました。樹高もあり、葉がたくさん茂っていました。汗ばむほどの陽気だったので、私たちはその植樹したミズナラの木陰で芋煮会をしたのです。ミズナラの木陰はまだ全員を覆うほどの大きさはありませんでしたが、芋煮のコンロに当たる風を柔らげ、私たちを直射日光から守ってくれました。最初に植林した年から10年以上がたち、若木としてどんぐりを実らせ、私たちを待っていてくれたこと、そして、その木陰で楽しく芋煮会をしたことを本当にうれしく思いました。
 大津波に襲われた我が故郷にも、来年はどんぐりから育てたコナラやクヌギの苗木が植樹されます。10年もすれば若木としてどんぐりを実らせるでしょう。実は小動物のえさとなり、落ち葉は肥料となり、大きくなるに連れて地中深く根を張り、減災の役目を果たしてくれると思います。どのような防災緑地公園になるのかを見守って行きたいものです。                  (2015.3.25)  

自宅で育てたブナの苗木:樹高約20 cm

200664日鳩峰牧場植林地で撮影

津波後の沿岸部は防災緑地公園になる