鹿狼山から  
31 〜一人で登る山〜    小幡 仁子

12月になってあちこちで雪の便りが聞こえると、土曜日・日曜日の朝、鹿狼山の駐車場は大勢の登山客で賑わう。車を停めるスペースがないくらいだ。震災以降は飯舘村・浪江町・双葉町等の阿武隈山系の山は放射能汚染により歩き難いものがあるから、放射能が少ない阿武隈北部に人が集まっているのだろう。鹿狼山以北の山々もずいぶん整備され、道標も新しいものになっている。冬枯れの一日、木々の間から青空を垣間見たり、西には蔵王連峰、東には太平洋を眺めたりしながらの山歩きは楽しいものである。大勢の人が集まるのは頷けることだ。

 さて、今日は久しぶりに鹿狼山に一人で来た。震災以降は姉や山友達と一緒に登ることが多くなった気がする。あの震災以来、「世の中、いつどんなことが起こるか分からない」という漠たる不安感が消えない。どんなことが起こるか分からないのは当たり前のことで、そんなことを気にしていたら何も出来ないとは分かりきっていることだ。しかし、心の奥に病魔のように巣くっていて、何となく気が晴れないのを感じている。また、「鹿狼山に熊が出た」というニュースが流れた時に、高齢の父が、私が一人で鹿狼山を登るのを心配したせいもあったかもしれない。熊の正体は大きな黒いイノシシだったらしいが、一人で登るより複数の方が安全で安心ということになったのだと思う。

若い頃は、よく一人で山歩きをした。飯豊連峰のように標高が高く山懐が深くて、山小屋に泊まらなければならないような山でも、大して怖いとも寂しいとも思わずに歩いたものだ。今から30年も昔のことである。一人で歩きたかったのか、たまたま一緒に登る人がいなかったのかは覚えていない。ただひたすら足を前に出して、がむしゃらに歩いた記憶がある。若かったから、自分の力を試したかったのかもしれない。前を見ても、後ろを見ても誰もいない、ただ、来し方行く末に一本の登山道があった。遠く懐かしい思い出である。

 

一人歩きは存外気楽で楽しいものだ。自分のペースで歩けるし、好きなときに休み、好きな時に写真を撮り、誰かに気を遣うこともない。花や樹木、風やお日様が友達だ。一人で歩いた方が自然を身近に感じるかもしれない。単独で歩く人は年代に関わらずどの山にもいる。みんなそれぞれに、自分の自由な時間と自然を楽しんでいるのだと思う。
 子育てが一段落して山登りを再開してからは、一人での山歩きをほとんどしていない。一人で歩くのは鹿狼山だけだ。体力的なことや家族のことを考えると、無理は出来ないと思うようになった。それに、気心の知れた山仲間と一緒にあちこちの山に行くのが楽しい。また、「高山の自然を守る会」で自然観察会を始めてからは、会員の皆さんとともに、自然の美しさや不思議を学ぶ機会を得て、色々なことを教えてもらうことが多い。ルーペを通して見る花々や樹木の世界は驚くほどに緻密でよく出来ており美しい。そこには「感動の世界」が広がっている。そして、その感動を仲間と分け合うこともうれしいことである。

 

自分の山登りに「自然観察」という視点が加わってからは、山々の印象はまた別なものになってきた。植物は地域によって植生が違っている。あちこちの山に行く度に、今度はどんな花や樹木に会えるかと楽しみが増えている。
 今日、鹿狼山を一人で歩いたご褒美は、アオゲラに出会えたことだ。コゲラはよく見かけるが、鹿狼山でアオゲラに出会ったのは初めてだった。人の少ない午後に一人で歩いたのが良かった。アオゲラは暗緑色だからそれとすぐに分かった。頭と顔に赤い線があったから雄である。お腹にはコゲラと同じような黒い縞模様があった。なかなかファッショナブルな鳥である。杉の木に縦に止まって何やら忙しくつついていた。後で調べたら、アオゲラは主にアリ類を餌とし、多くは虫におかされた木をつつくらしい。健全な木をつつき回ることはなく、林業では益鳥、となっていた。虫が沢山いたのか、結構長い時間、同じ所に留まっていてくれた。冬になると、色々な種類の小鳥たちにも会えるが、大人数でがやがやしていては見ることが出来ない。一人歩きもラッキーなことが多いのだ。(2014/12/17記)

東側・太平洋、手前はマユミの実

西側・宮城蔵王

熊注意の看板