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鹿狼山の夏〜キツネノカミソリ〜 小幡 仁子 |
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今年もお盆の13日の暑い日に、キツネノカミソリを見に鹿狼山に登った。登山口から右手に折れて少し上がると、右手にコナラやクヌギの明るいなだらかな斜面が広がる。キツネノカミソリはそこに群落を作っている。花に対しての名前がいささか良くないと思うのだが、どの本にも葉が剃刀に似ているからとある。また、狐というのはこの花の独特な色合いが狐の毛衣のようだからか、あるいは薄暗い中でオレンジ色に咲くこの花のイメージが狐の怪しさと重なったものか。しかし、名前はどうあれ、鹿狼山のキツネノカミソリはオレンジ色がそう強くなく、ややピンク色がかって優しい感じである。(ああ、今年も無事に花開き、いい時期に見に来たなあ)と一人悦に入り、写真を撮る。鹿狼山ではオオバジャノヒゲの後にこのキツネノカミソリが現れる。7月の下旬にきた時はこのあたりで甘い香りがした。この香りは何だろうと思い、たくさん咲いているのはオオバジャノヒゲの白い小さな花しかなかったので、半信半疑で花を取って嗅いでみたら同じ甘い香りがした。新しい発見だった。8月になると、オオバジャノヒゲは跡形もなくなり、キツネノカミソリで斜面は占められる。植物が適地を選び、時期を逃さずに花開くという自然の営みに改めて感動したのだった。 さて、昨年のことになるが、お盆に姪が丁度帰ってきていたので、鹿狼山にキツネノカミソリがきれいに咲いているからと誘い、姉も一緒に三人で登った。姪は東京で小学校の教師をして3年になった。登り始めて間もなく、ちょっと具合が悪いという。見れば少し顔色が青いようだった。石段で腰をおろしてゆっくりした。そんなことでは子供達を連れて遠足に行ったりするのは勤まるまいよ。というと、大丈夫。仕事となれば気合いが入り、しゃきっとするから、こんなことにはならないよとの返事。ふるさとに帰り安心して、気が抜けたのだろう。キツネノカミソリの群落の前で「鹿狼山にこんなきれいな所があったんだ。子供達にも見せる!」といって喜んでいた。30人ほどいるというクラスの子供達に、ふるさと鹿狼山のキツネノカミソリの写真を見せて、どう言ったのだろうか。 そんなことを思い出しながら再び花に目を向けると、陽光に透けて、キツネノカミソリのオレンジ色は美しい。群落は炎のようでもある。私はいつの間にか自分の中のオレンジ色の記憶をたどっていた。昔は毎日薪を燃やした。焚き火や炭火、石炭ストーブ。めらめらと動く炎は不思議と見飽きないものだった。そして、火を真ん中に家族や友達が集まった。記憶の中でオレンジ色は暖かで、しかも変化に富んでいた。そうして、行き着いたのは父の肩車で見た夕焼けのオレンジ色だった。何歳の頃だったのだろう。肩車をされていたのだから、余程幼いはずだと思う。夕方、おそらく野良仕事の帰りだったのだろう。父は私を肩車して夕日に向かって歩いていた。私はオレンジ色に沈む夕日を父の肩に乗りながら眺めていた。40数年も前の記憶である。 花や、花の色とともに心温まる思い出があることをありがたいことだと思っている。今の生活は季節感が薄れ、冬でもエアコンやパネルヒーターなどで快適かつクリーンな暮らしである。火を焚くなどということは滅多にないし、赤々と燃える火をみんなで囲むこともない。便利にはなったが、何か寂しい。これでよいものかと思う。かといって、今の生活を変えることは難しいことだ。 私は、月に何度か鹿狼山に登り、折々に咲く美しい花を見ながら、様々に物を思ったり、写真を撮ったりしている。それにしても、登る度に新しい発見がある。それは、季節が移り変わるので当然のことではあるが、植物の世界が奥深いということでもあろう。キツネノカミソリ一つをとってみても、ヒガンバナ科のこの花は、春には葉っぱのみが出て、夏にはその葉が枯れてしまい、花だけが咲くのである。以前はそんなことも知らずにいた。だから、オオバジャノヒゲの葉っぱをキツネノカミソリの葉っぱと思っていたのである。 たった430mの阿武隈の小さい山だけど、鹿狼山は私にとってはお宝の山になってきた。もしかするとこの山には一生かかっても分からないものがあるかもしれない。当分は鹿狼山通いが続きそうである。 |
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鹿狼山のキツネノカミソリは 明るい雑木林の中に咲く。 |
キツネノカミソリの群落は、 懐かしい記憶を蘇らせてくれた。 |