鹿狼山から  
22 〜被災地・二 度目の夏〜    小幡 仁子

毎年お盆の13日頃に、鹿狼山ではキツネノカミソリが満開になるので見に行きます。今年の夏はことさら暑く、さすがに鹿狼山を歩く人影はまばらでした。登山口のタマアジサイが大きく伸びて茂っていました。タマアジサイは鹿狼山が自生地の北限になるということです。樹木の本などを見ても福島県以西と書いてありますから、本当かもしれません。隣町宮城県山元町の深山は鹿狼山によく似ていますから、その周辺を確かめようとは思っていますが、暑い夏の低山歩きは蚊やブヨも多いし、鹿狼山以外は行く気がしないので、確かめるのもいつになるか分かりません。タマアジサイは蕾がしっかりした苞に包まれて玉状になっています。お人形のようにかわいい蕾を見つけました。この苞は裂けるように開花します。淡い紫色の両性花の周りに花弁が4枚の白色の装飾花が縁取ります。鹿狼山入り口のタマアジサイは人が並べて植栽したものでしょうが、薄暗い杉林の中にちらほら見えるのは、自生 なのでしょう。

登山道はイヌブナやコナラなどの緑陰が濃く、涼しさを感じました。頂上からはいつもの海が見えました。震災前は、この地は美しい海と山があり、自然豊かで住み心地抜群と、誇りに思っていましたが、今では海を見る度に複雑な思いがします。新地火力発電所の側にタンカー船が着いていました、オーストラリアから石炭が運ばれてきたのでしょう。今では震災前同様の発電をしていると聞きました。

あれから二度目の夏となり、遠くから見ると何事もなかったように穏やかな海ですが、海岸近くに行けば未だに堤防が壊れたままだし、至る所に傷跡が残っています。震災前、国道6号線の東側は田んぼや畑が青々と広がっていましたが、津波の被害により、今年も耕作されていません。塩害だけでなく、瓦礫の破片やら石が沢山入りこんでいて農業機械も入れないし、耕作できる状態ではないそうです。新地町は放射能の影響は余りなく、津波の来なかったところは普通に耕作しています。国道6号線を境にして、西と東では大きな差があります。

被災者支援事業で農地復旧の仕事をしている方の話を聞きました。その方は仮設住宅に住み70歳を過ぎたけれども身体は元気なので、できれば早く復旧して以前のように畑や田んぼを耕す暮らしをしたいと思っているそうです。しかし、耕作者の多くは高齢者で、これから先どれほど生きられるか分からないし、農機具を買ったり、塩害に遭った土地を耕すのは大変だから、もう農業はやらないと言う人も多いということでした。離農を考える人は、瓦礫撤去の仕事には出るが大した作業はせず、農地復旧は遅々として進まないのだそうです。同じ仕事をしていても、人それぞれの思いに温度差があるので、ストレスになるということでした。津波さえなかったら、額に汗して田んぼや畑を耕作し、平和な生活を送ることができたでしょうが・・・。仮設住宅に住むお年寄りは、なすべきことが何もないのが辛いとも聞きました。津波という自然災害の中で、人の運命は様々に変わり、今も流されているようです。

鹿狼山には四季折々に花が咲き、震災前と変わらぬ自然があります。涼やかなタマアジサイ、炎のようなキツネノカミソリ。もう少ししたら咲きそうなコバギボウシの花。ここを歩くと静かで穏やかな気持ちになれます。しかし、同じ町内でも海側に目を向ければ回復不可能と思われる荒れ地が広がっています。この落差に心が痛みます。

自然を前にいかに人が無力であるかを思い知った東日本大震災。これからどのように暮らしていけば幸せになれるのか・・・考えていかなければなりません。
2012915日)

 

タマアジサイの蕾は苞に包まれている

苞が裂けるようにして開花する

田んぼに置かれたままの瓦礫