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鹿狼山から |
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4月8日(日)に「高山の原生林を守る会・第121回自然観察会」が鹿狼山で行われました。担当は地元新地町の住人である私でした。昨年は東日本大震災があり、新地町は大津波により沿岸部の集落が跡形もなくなり、大きな被害を受けました。それで、昨年4月に行われる予定だった鹿狼山自然観察会は中止となったのでした。あの頃は、沢山の方が亡くなり行方も知れず、津波というものの破壊力に呆然とする毎日でした。また、原発事故のこともあり、自然観察会をするという雰囲気ではありませんでした。
あれから1年以上が過ぎても、時が止まったままのように津波後の風景が広がっています。しかし、そんな風景も不思議なことに、日々目にしていると見慣れた日常風景になってしまうものです。
さて、あんな震災があっても鹿狼山には春が巡って来て、カタクリを始めキクザキイチゲ、アズマイチゲなどのスプリングエフェメラルが咲きました。今回は岩手県西和賀町から瀬川夫妻の参加がありましたから、新たにヒメニラやウスバサイシンがあることが分かり、ムササビの糞や住み家、野鳥16種類などにも観察の目が広がりました。充実した観察会になり、私も役目を無事に終えた気がしました。
観察会後の4月22日に、私は同級生二人に誘われて、また鹿狼山に登りました。カタクリもほぼ終わり、ニリンソウが咲き始め、イヌブナの若葉が萠え始めていました。気持ちのいい新緑の中を3人でゆっくり歩きました。同級生のTちゃんは大津波で三男坊を亡くしました。久しぶりで会ったので、いろいろな話をしました。Tちゃんは先日イタコに会ってきたと言いました。息子の葬儀をした会館から、イタコツアーの案内がきて、本当に会えたりするのかどうか分からないけれど、案内を見たら、どうしても会ってみたくなって、夫は行かないって言うから、一人で行ってきたというのでした。
それで、息子に会えたのかと私は聞きました。イタコは上品なおばあさんだった。紙に会いたい人の名前と生年月日を書いて見せて下さいということだったから、書いて出したら、あなたの息子さんはいつも朗らかで、周りを明るくしてくれる人でしたねって言われて、それは本当にその通りだったから、泣けて泣けて何も話すことが出来なくなってしまった。行く前からあれも聞こう、これも聞こうと思ってメモも持って行ったけど、結局何も聞くことはできなかった。とTちゃんは淡々と話しました。そしてね、息子はあっちで友達と野球をして楽しくやっているって。そして、時々はお母さんの作ったご飯でなく、セブンイレブンのおにぎりも食べたいんだって。それからお母さんに車の運転に気を付けて下さいとも言っているって。イタコの人は私にそう言ったの。息子は部活の帰りによくコンビニに寄っていたからね。そして不思議なことに、この前、私が優先道路を走っているのに、急に脇道から車が出てきて、危うくぶつかりそうになったからイタコの人が言っていたのはこのことだったかと思ったの、と話してくれました。
イタコとの関わりは、Tちゃんにとっては心理カウンセラーとの相談のような効果があったと思われました。また、こうやって同級生同士で鹿狼山を歩くのも、Tちゃんにとっては心の痛手を癒やす機会かと思いました。
マルバスミレが登山道沿いに咲いていました。「マルバスミレっていうのよ」と言うと、Tちゃんは「かわいいね、ウサギの耳みたい。色んなスミレがあるのね、知らなかった」といって見ていました。穏やかな笑顔でした。
このあとは、チゴユリがたくさん咲くからまた一緒に歩こうと約束して山を下りました。(2012.5.31) |
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鹿狼山の萠え始め
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ウサギの耳のようなマルバスミレ |
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