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鹿狼山‐父の共有林‐ 小幡 仁子 |
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鹿狼山(かろうさん)という福島県の北はずれにある小さな山をご存じだろうか。私はその鹿狼山がある新地町に住んでいる。標高は430mしかないが、頂上に立てば東に太平洋、西に蔵王連峰・吾妻連峰を望むことができる。海が見える眺めの良い山として、ガイドブックなどにも紹介されている。麓の鹿狼鉱泉から頂上まではおよそ40分。休日には小さな子供からお年寄りまでたくさんの人々が訪れている。私自身も昨年は30数回登った。春はカタクリから始まりコナラ・イヌブナ・シデ類の新緑がとても美しい。秋の紅葉、冬でも雪はほとんどなく、落ち葉を踏みしめながらのハイキングを楽しむことができる。私が嫌いな杉林もあるが(私はスギ花粉症なのだ)よく手入れされ、鬱蒼としていないのがいい。故郷の山として町民に愛されている山だ。 ところで、この鹿狼山の麓に、我が家で杉林を所有していることを知ったのはつい最近のことである。父の話では、鹿狼山の北ノ沢という場所に40年程前33人で6丁6反歩の共有林を持ったそうだ。一人2反歩の割り当てで、杉を植えてやがて大きくなったら家を一軒くらい建てられるようにと何千本、いや何万本という杉苗を植えたという。以下は父の話である。 昔、鹿狼山は里山だった。(私は父の口から「里山」という言葉が出てきたことに驚いた。)薪炭林として、毎年水源保安林を解除して払い下げてもらい、みんなで木を切り出したもんだ。何せ、その当時は炊事も風呂も、冬の暖を採るにしても薪や炭だったから、1年分の薪を山から取って来るのは大変なことだった。そのころは家で牛を飼っていたから、荷を引かせるのに連れて行ったが、牛もその仕事が嫌で泣いていたなあ。(ここで母が話しに入り「ほんとにあれは重がったよなあ」と。)誰もが薪は入り用だったから、山持ちは山を持っているだけで金になり、羨ましがられたもんだった。 そのうち世の中が変わって、薪だの炭を使わなくなって、この地区の33人で6丁6反歩の共有林を持つことになった。山を切り開いてみんなで杉苗を植えた。何千本いや何万本と植えたなあ。一人2反歩の割り当てだったから、家の一軒くらいは建てられっぺって、一生懸命植えたなあ。 ところが、ある年の春に大雪が降って、共有林に行って見たところが一面の雪の原になっていた。植えた杉はボキボキ折れていた。そんな折れた杉なんて役にも立たないし、丁度そのころに輸入木材が安く入るようになってきて、苦労して育てる価値もなくなって、俺たちは山の手入れもしなくなった。 それでもしばらくはみんなで年に1回は山を見に行き、2年に1回は山総会をしてきた。今は、年に2000円ずつ、全員で6万6千円の税金だけ払っている。今までは山を切り開いた時に大きな樅の木何本もあって、それを売った金で税金を賄ってきた。そいつも底を尽いてしまった。 杉も一度は折れたが、折れても結構育つもんで、今ではずいぶん太くなっているようだ。俺は歩けなくなって見には行けないが、柱にはならなくとも使いようによっては十分に役に立つと思う。最近は国内産の杉も外材に負けないくらい利用されているような話も聞く。 山総会の時に、あの杉を切り出すかという話にもなるが、俺は賛成しない。杉を切り出したら、その後にまた必ず木を植えなければならない。そのまんまにしておいたら、必ず山崩れを起こすからなあ。そんなことになったら大変なことになる。俺たちは年をとって誰も昔のようには働けない。あそこに、また植林する力はない。こんな話は新地町の中にいくらでもあって、前の町長は町で少しずつ買い上げてくれたが、前町長が亡くなってからはその話も頓挫してしまった。まあこのまま当分は放っておくしかないが、あの共有林がどうにかなる前に、俺は死んでっぺなあ。 この話を聞いてから、私は鬱蒼とした杉林を見るたびに、ここも父の共有林と同じなのだろうと思う。放置され手入れもされずスギ花粉を出し続けるこの森はこれからどうなるのだろうか? 中学校の地理の教科書には「日本の林業」という所にこう書かれている。「エネルギー革命によって、木炭の原料であった落葉広葉樹の国有林や里山林になどの伐採跡地にすぎやひのきの植林がさかんに進められたため自然林は減り、人工林の面積が増大した。現在では、森林面積の約60%が私有林で、その約半分が人工林になっている。1970年代になると、日本の木材よりも輸入木材の価格が安くなり、輸入が急増した。その結果、日本は世界の木材貿易量の2割以上をしめる世界一の木材輸入国になっている」と。 人工林はそんなに多かったのか!自分の国の森を放置しておいて、人の国の森を切っているのか?!日本の林業行政はどうなっているのだろうと大いに疑問を覚えた。 私は、父の共有林のことを通して、一度壊した自然を元通りにすることは大変なことなのだと改めて実感した。エネルギーが木炭から石油に変わって、人の生活は格段に便利になったけれど、失ったものも多いのだと思う。やがて自然を使い尽くして人は滅びてしまうのかもしれない。 振り返って、自分に何ができるのだろうかと考えてみた。父の共有林を受け継いだらどうすればよいのか。杉を切り出した後は、できれば鹿狼山の自然林のようにコナラやシデ類に覆われた、小鳥や動物が住めるような優しい森に復元したいけれど。そんなことができるのかな。高山の会では鳩峰峠の元牧場に、沢山の落葉広葉樹を植えた。あんな風にできればよいのだが。 次世代に、できるだけ住みやすい環境と美しい自然を残したい。そのために自分ができることは、どんな小さなことでも良いから続けていきたいと思うこの頃である。 |
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