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鹿狼山から |
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鹿狼山に登り始めてかれこれ10年近くなる。始めは海外登山の体力作りのためだった。そのころは40分の標準タイムを縮めようと、一度も休まずに登り、25分くらいで頂上にたどり着いて満足していた。しかし、ここ5年くらいは、体力も付けたいが、花を見たり、四季の移り変わりを感じたり、写真に撮ったりするのが好くて鹿狼山に通っている。こんな小さい山だけど思いの外、花や樹木の種類も多く、四季折々に変化があって感動的ですらある。そして、この山に登っていると、様々な人達に出会う。
昨年の秋に、ドライフラワーになったオトコエシの写真を撮っていたら「リョウゼントウキを知っているか?」と60歳台と思われる男性に声をかけられた。私は「ミヤマトウキとかイワテトウキなら知っていますが、リョウゼントウキは初めて聞きますけど、霊山(りょうぜん)の固有種か何かですか?」と聞き返した。「このあたりに結構あったんだがなあ、花が白くて花火みたいで・・・」ということはシシウドの仲間だ。と思い、記憶の中でもそれらしき物があったので、探しながら、一緒に歩くことになった。道々彼は自分の身の上話をした。
自分は宮城県のある団体の職員として40年ほど働いて定年を迎えた。仕事は安定していてそれなりの収入もあった。釣りが好きだったものだから、船を持ってこの辺りの海で魚釣りをして、釣った魚を料理して友達に振る舞って酒を飲むのが楽しみだった。仙台市内にマンションも買った。娘が二人いたが、妻に任せっきりで自分は遊んでばかりいた。そんなこんなしていたら、妻が病気になってしまい、それも助からない病で亡くなってしまった。全く、妻に先立たれた男ほど情けないものはない。娘達はそれぞれに相手ができて結婚し、家を出て行ってしまった。俺は一人になった。
ある時、マンションに一人で住むのがいたたまれない気持ちになって、もう二束三文で売り払って、この近くの海の見える町に引っ越してきた。町に馴染もうと思って、止せばいいのに体操クラブのようなものを作って、代表としてやっていたが、そのうちに自分が妙に周囲から浮いているのに気がついた。自分は町ではよそ者だったと思い知らされた。だから、今は体操クラブも辞めたし、ボランティアで行くのは小学校だけにしている。小学生に竹とんぼの作り方を教えたり、コマ回しを教えたりしている。俺の竹とんぼはよく飛ぶから人気があるのだ。
そして、長年の酒飲みが祟って、肝臓を悪くして手術もした。今ではもう酒を飲むこともなくなった。鹿狼山には去年40回くらい登った。手術したから昔ほどの体力はない。すぐ息が切れるが、それでも以前よりは楽に登れるようにはなってきた。山はいいなあ。誰に気兼ねもいらないし、ここから海を眺められるのがいいから・・・。最近、仙台の山の店で登山靴や羽毛服やストックも揃えたところだ。
こんな話を聞いている内に頂上下の休憩所まできてしまった。彼はザックを開けると、「鹿狼山登山記念スタンプカード」なる物を出した。見れば20枚位は持っているようだった。私にどうぞ使ってくださいと言って5枚ほどよこした。休憩所にあるスタンプを押すようになっていて、20回押すと1枚が一杯になるスタンプカードだった。私は地元に住んでいるのに、こんなカードがあるなんて全然知らなかった。
お昼時になって休憩所には人が沢山やってきた。彼がよその人と話し出したのを潮に、お礼を言って私は先に山を降りることにした。あんなにカードを持っているのだから、彼は時々、話を聞いてくれそうな人に声をかけては、スタンプカードをくれているのだろう。一人暮らしは孤独で人恋しいのかもしれない。まして、生活圏で自分の存在の不安があれば尚更と推察される。
鹿狼山にはたくさんの人が登る。一人で登っている中高年の男性も女性も多い。人はみんな歳を重ね老いていく。老いることは失うことだとも聞いている。伴侶を失い、健康を失い・・・。でも、それは自然なことだ。まだ山歩きができて、自分から相手を求めていけるだけ幸せなのではないか。鹿狼山で小さな幸せを探してほしいものだ。(2010/6/30)
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鹿狼山で語り合う |
頂上から見える大海原 |